本当の「自由」って何だろう?【その2】

縛られているものからの解放

「縛られているもの」と聞くと
何が思い浮かびますか?

例えば自分の立場
「親であること」
「学生であること」
「リーダーであること」

例えば自分の状況
「誰かと付き合っている」
「お金が無い」
「予定があって忙しい」

自分の置かれている外の環境に目を向けることが多いと思います。

この自分を縛っているものから離れ、
外との関わりを無くすことも「自由になる」ことと言えます。

でも、自分の内面の「自由」って何でしょうか?

無くて気づいた「自由」

これは私が長期で海外へ訪れた時に感じたことです。

インドでの出来事です。
トイレに入ると、なんと、

ペーパーが置いてない…

代わりにあるのはなんかちっこいシャワー…
(ここでシャワー浴びるんか…?)

「トイレはペーパーが無かったらできない!」
「ペーパー無しなんてあり得ない!」

とペーパーが置いて無い事実に驚き不思議に思い、
ペーパーを常に携帯するように。

私の中では「ペーパーがなくちゃトイレはできない!」が当たり前になっていたのです。
(…というか無いのがあり得ない!)

でも私より長くインド滞在していた友達(女)にそれを話したところ「ペーパー無しでもできるよ!」って。

「えぇ!」

「シャワーでみんな洗っているんだよ~」
(そのためのシャワーやったんか…!)

聞いた通りに、
次からはトイレにあるちっこいシャワーを使ってみることに…(小に限る)

「ペーパー無くてもイケるやん!(むしろ気持ちいい)」

小さい出来事ですが、
この時に「自由」とは

自分が当たり前に思っていた考えから解放されることじゃないか?と感じました。

私の中の「これがなくちゃ!」「これがなきゃ生きていけない!」という考えに
自分が「縛られて」いたんです。

「当たり前」が通用しない場所に訪れると
この発見が見つかりやすいと思います。

 

いつの日か深夜特急を読んだときに
著者が様々なところで想定外のことに直面するたび

無くてもいいものに気づき、
自分がより自由になれた感覚、と書いていたのを思い出しました。

自分が感じたのは、まさにこの感覚だ、と思いました。

必要だと思っていたものをどんどん手放して、
背負っていた荷物を下ろしていく感じで

軽やかになるイメージです。

安定に浸っているのが一番「不安定」

自分で自分の首を絞めている「これが無くちゃ!」という思いから
どんどん解放して
寛容になることが

自由に生きるための一つの姿勢だと思います。

 

今まで当たり前だったこと、安定していたことが
崩れた時、
その自由な、寛容な姿勢で
何事にも対処できるはずです。

安定した生活、見慣れた生活の中で当たり前になっていることが
いつでも通用するわけないですよね。

不安定な状況や予想外の出来事を沢山経験してきた人は
肝が据わっていてどっしりと
「安定」している人が多いです。

予想外のことが起きても慌てない。

 

目の前の不安定に振り回され、
縛られることなく、

その不安定に自分をフィットさせ、
自由に軽やかに生きられる

そんな人生にしていきたいですね。

 

「これが無くちゃ!」と思っているものに気付くくことが第一歩ですね。

街中

(晴れた日の通り@インド)